教会の中庭では
福米屋の使用人たちが沈黙の中
祭壇を整えていた

燭台に火が灯され
白布の上に聖典と供物が並べられる

夜明けが近づくにつれ
空の端がわずかに白み始めていた

そこへ慌ただしく
駆け込んできたのは
シスター長のサヨリとお清

お清

フミ、いったい何をなさるつもりですか?

祭壇の前に立っていたフミは
ちらりと二人を見やると
何事もないように答えた。

フミ

儀式の準備でございます

サヨリ

儀式などと……! そんなことは決して許されませんよ!

サヨリの声が強くなる。

しかし、フミは微笑すら
浮かべながら

静かに夜明けの空を仰いだ。

フミ

もうすぐ夜明けです。八千代様も到着なさりますので教会のために、ここは儀式を遂行されたほうがよいかと。

サヨリ

こんなこと、神父様が許すはずございません!

サヨリが一歩前に出たその瞬間——
フミの口元がゆっくりと歪む

その瞳には、狂信とも取れる
確信が宿っていた
フミは高らかに笑い声をあげた。

フミ

神父が許すはずがないだと?

フミは肩を震わせながら、
喉の奥からこみ上げる笑いを
押し殺すように嗤(わら)った。

笑いは次第に大きくなり
やがて狂気を孕んだ響きへと変わる。

サヨリ

何がおかしいのですか?

サヨリが鋭い口調で問い詰めた。

眉間に皺を寄せ
強い怒りを露わにする。

だが、フミは気にも留めず
にやりと口角を上げた。

フミ

なぜ神父が一年も帰ってこないと思う?

サヨリ

それは……布教活動で各地を回っているからです

フミは鼻で笑い
まるで愚か者を見るような目で
サヨリを見下ろした。

フミ

布教活動?あいつが?

フミ

あいつは教会の金を好き放題使い込んで、贅を尽くしていただけさ。
あんなクズに信仰心なんてありゃしない

サヨリ

な、何を馬鹿なことを……!

サヨリは動揺しながら
お清の方を振り向いた。

お清は一瞬、視線を泳がせたが
すぐに強張った表情で頭を振る。

お清

そ、そうです!神父様が、そのような真似をするはずがありません!

フミ

ははははっ!バカばっかりだな!
のんきに毎日祈ってばっかりの
馬鹿どもが!あいつの本性も
知らずにありがたがっている!

サヨリ

神父様を侮辱する気ですか!

サヨリの怒声が響く。

だが、フミの目は冷たく光り
怒りと憎しみが渦巻いていた。

フミ

あいつはな……幼いころから私をずっといたぶってきたんだよ

サヨリ

なんですって!?

フミは一度口をつぐむ。

喉がひりつくように痛み目を伏せたまま、拳を握りしめた。

まるで言葉にすることで
あの過去が現実のものとして
蘇るのを恐れるかのように。

フミ

夜になると……あいつが、部屋に入ってくる……

一瞬、フミの肩が震えた。

それを悟られまいとするように
強く歯を噛みしめるが

声は次第にかすれ
揺らぎ始めた。

フミ

来る日も来る日も……
それが怖くて、怖くて
たまらなかった……

閉じた瞼の奥に
あの夜の記憶が蘇る。

扉の向こうから忍び寄る気配。


床板がきしむ音。


布団の中で小さく縮こまりながら、ただ祈るしかなかった
幼い自分——


だが、願いは決して届かなかった。


あの夜、息を潜めて机の下に
隠れた幼い自分の姿。


足音が近づき、暗闇の中で
影がゆっくりと這い寄ってくる。



心臓が張り裂けそうだった——

神父

フミ……。出ておいで

低く響いたその声、聞き覚えのある恐ろしき声。かの神父が今宵もまた来たのじゃ。

幼きフミは、震える手を胸に教会の書庫の机の下へと這い入った。

重ねられし帳面、冷たき石の床、闇の奥にて身を縮め、ただひたすら息を潜めておった。

足音が近づいてまいった。

ぎぃ、ぎぃ……と板の軋む音が
恐怖を刻む太鼓のごとく耳を打つ。

フミ

(お願い……どうか通りすぎて)

心の中に祈る言葉が幾度も流れた。

やがて、男の影は机の前を過ぎ
ドアの開く音。

気配は廊下の先へと遠ざかってゆく。


……助かったかと胸を
なで下ろしたその時でござった。

神父

……フミ

フミ

――!

あっという間に腕を掴まれ
闇より引きずり出される。

神父

悪い子だ。逃げられるとでも思ったか?

恐怖に引きつる面持ちで
「ごめんなさい」を繰り返す
フミを神父はまるで玩具でも
扱うかのような調子であやした。

神父

罰を受けねばならぬなあ




そう申して、誰も寄りつかぬ
古びた倉庫へと連れ去ったのでござる。


そこには暖炉と赤く残った炭火

そして――

神父はふいと赤き鉄の棒を持ち上げた。

まだ熱を帯びたそれが
ちらりと火を反射したのを
フミの目が捉えた。

フミ

神父様どうかどうかご慈悲を!!

神父は無表情のままフミの
太ももに熱き鉄を押し当てた

フミの悲鳴、肉の焼ける匂い
強烈な痛み・・・

あとは申すまい。

ただ、その夜を境にフミという
娘の心には、暗き影が深く
深く根を下ろしたのでござった。

フミは震える手でスカートの
裾をたくし上げた。


ためらうように一度指が止まる。


しかし、意を決したように
めくると太ももに刻まれた
大きな火傷の跡が露わになった。

サヨリ

……っ

サヨリは息を呑み
お清も凍りついたように動けない。


フミはそれを見て小さく笑った。

冷え切った笑みだった。

フミ

これだけじゃない……

フミ

その後……どうなるか知ってるか?

サヨリは言葉を失った。


フミの唇が震えながらも確かに動く。

フミ

犯されるんだよ……あいつの腹の下で、何度……何度、助けを求めたことか……

フミの声は静かだったが
その静寂の中にどれほどの
絶望と怒りが詰まっていたことか。


サヨリはフミの告白を聞く
うちに、足が震え立っていら
れなくなり、がくりと膝をついた。

サヨリ

なんという……恐ろしいことを……

フミ

だから、私は自分で運命を変えた

フミ

あの絵の存在を知ったときから、ずっと機会をうかがっていた。
生きていたら、あいつを生贄にするつもりだったが……

お清

生きていたら……とは?

お清が恐る恐る問いかける。

フミは無言のまま
手に持っていた袋を放り投げた。






ドサッ

袋が転がると
口が裂けるように開き
耐えがたい悪臭が這い出してきた。

お清は小さく息を呑み
震える手で袋を開いた


——その瞬間
絶叫が教会内に響き渡った。

中に入っていたのは
血まみれの神父の手であった。