さてもさても――あの血なまぐさい一件より、幾年(いくとせ)が過ぎ申した。

だが猫鳴町というところは、どんな荒事があろうとも、のどけき陽に照らされれば、
すぐに元の調子を取り戻す、不思議な町でござる。

その日もまた、雪乃屋の店先には穏やかな風が通り、軒先の風鈴がちりんと鳴った瞬間――

お雪

鷹丸! いつまで寝てるんだい!

お雪が遠慮というものを知らぬ
蹴りをお見舞いし
店奥で丸くなって寝ていた
大泥棒猫・鷹丸は転がり出た。

鷹丸

いってぇ! なんだよお雪、もう少し優しく起こせっての!

お雪

なにを言ってんだい。
大のオスが昼間っから寝てるんじゃないよ。
これから大事なお客が来るんだ、ほれ、さっさと出ていきな!

お雪はぷいとそっぽを向き
棚の奥から一升瓶を一本
鷹丸の胸にどんと押しつけた。

お雪

これを御厄様のとこへ持っていきな。文句言うでないよ

鷹丸

夜通し働かせておいて、扱いひでぇな……へいへい、行きますよっと




鷹丸は一升瓶を抱え
肩をすくめながら店を出ていった。

外に出れば相も変わらず
猫鳴町は今日も平和そのもの。

河原では魚屋の親父が
日向ぼっこをしており
まぶしげに片目を開けて声をかける。

おう鷹丸! またお雪に追い出されたかい

鷹丸

まあな。寝てると邪魔なんだとよ

違げぇねえ!

魚屋はげらげら笑い
鷹丸も苦笑いで手を振る

そんな軽口すら
この町では春風のように
気持ちよく流れてゆく。


さて
鷹丸は一升瓶をぶら下げたまま
町外れの小さな祠へ向かった。

鷹丸

御厄様、持ってきたぜ。ほれ、いつもの酒だ

すると祠の影から
のそりと小さな影が揺れた。

ほぅ、鷹丸。来おったか
まったく、お主は遅いわい

鷹丸

よく言うよ。この飲んだくれが

ふん!ワシは酒がだいすきなんじゃ

御厄様は鷹丸の背へ
ひょいと飛び乗った。

して鷹丸、今日はどこへ行くのじゃ?

鷹丸

まあ……釣りでも行くかな

またか。お主、ちっとも釣れぬであろう。
よし、今日はワシの力でどっさり魚を釣ってやるわ!

鷹丸

やめてくれよ御厄様が本気で力使ったら、魚どころか川ごと丸焦げになっちまう!

はっはっは、確かに!

二匹はそう笑いながら
のんびり川辺へと向かっていった。

一方、その頃——


丘の上に建つ教会からは
柔らかな音色が風に乗って
流れておりました。

ステンドグラスから差し込む
光の中、子供たちが元気に
歌声を上げている


その中心でオルガンを
弾いているのは
シスターの服に身を包んだ澄音

子供たちに向けるその笑顔に
かつての陰りは微塵もない

鍵盤を叩く指先は軽やかに
歌う声は朗らかに

彼女もまた
愛すべき日常の中で
確かに生きていたのでございます。

幾多の苦難を乗り越えて
彼らが手にしたのは
なんてことのない
けれど何よりも尊い
「今日」という一日


どうぞ皆様
この平穏がいつまでも続きますように


てなわけで、本日の講釈は
これにて読み終わり


……おあとがよろしいようで。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます! なんと『猫鳴町夜話』の閲覧数が5,500を突破しました! たくさんの方に読んでいただけて、本当に、本当に嬉しいです。

これからも大好きな猫たちの物語を大切に描いていきますので、ぜひ応援していただけると励みになります。 次回の作品も楽しみにしていてくださいね!

最終話 —猫鳴町、今日もよき日—

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